カポエイラノススメ(6)

カポエイラ全般

「テレビを見ながら勉強してはいけません」

「おしゃべりしながら食べちゃだめよ」

「運転するときはよそ見しないこと」。

子供のころを振り返ると、学校にせよ家庭にせよ私たちはとかくひとつのことに集中するよう言われてきました。何かをするときは、そのことだけに集中することがよしとされ、同時に他のことをしながらすることはよくないと教えられてきたものです。もちろんこれはこれで意味がありますし、スマホを操作しながらの運転などは絶対に禁止されるべきです。

ところがカポエイラにおいては、2つ、3つのことを同時に進める能力、複数のことに同時に注意を払う力が求められます。むしろその力を伸ばすために日々の練習を重ねているといっても過言ではないのです。こういう能力のことを専門用語でなんと言うのでしょうか。きっときちんとした名前があるのだろうと思いますが、私は勝手に「ながら力」と呼んでいます。

日本でカポエイラというと、どうしても動きの部分が最初に注目されがちですが、その背後には楽器を演奏する人がいて、歌をリードする人がいて、コーラスで答えるホーダを取り囲む人たちがいます。ホーダ(カポエイラの行われる円)はあたかも儀礼の有機体として、それぞれの構成要素がお互いに連関しながら、全体として調和を保ちつつ進行します。しかもその進行方向には筋書きがなく、ジャズのセッションさながらに即興的に展開していきます。

このような筋書きのない即興儀礼有機体としてのホーダでは、構成員は常に全体の行き先にアンテナを張りつつ、その変化に当意即妙に対応することが求められます。「変化に対応する」という言い方をすると、なんとなく受身で対応が後手に回るような印象を持ちますが、実際はそうではありません。なぜなら一構成員である私の対応もまた全体の進む方向に影響を与えるからです。ここにも対話性が見られますね。構成員一人ひとりの個性、判断、行動が全体を形作り、同時に一人ひとりが全体の反応をフィードバックしています。全体から情報をもらいながら、部分も発信する。その相互作用の総体がホーダです。カポエイラのホーダは紙の楽譜に固定された化石ではありません。それは刻々と変化し続ける運動体であり、生き物、生命、ライブなのです。

話がホーダの説明にそれているように思えますが、必要な解説でした。つまりは、そのホーダの中で大事になるのが「ながら力」だということがお伝えしたいことだからです。

おそらく私の上の解説のしかたから、バテリア(カポエイラの楽器編成)の楽器間のやり取り、即興の掛け合いをみなさんはイメージされていると思いますが、実際のホーダではもっと複合的な「ながら力」が必要になります。

たとえば楽器の演奏者に注目してみましょう。彼(彼女)は楽器を弾きながらコーラスで答えます。ピアノでもドラムでも、どんな楽器でもそうですが、手足でリズムを刻みながら、口で歌を歌うというのは思いのほか難しいものです。さらにカポエイラの中では前触れもなく曲目が変わります。そういう場合にボーッとしていると、前の曲のコーラスをうっかり歌い続けてしまいます。そういうことがないように演奏者は、弾きながら、歌いながらリーダーの選曲にたえず注意を向け続けています。

ジョーゴのプレイヤーであれば、伴奏に合わせてステップを踏みながら相手と攻防の「対話」をします。自分の動きを音楽とコネクトすることはカポエイラの中で最も重要なことです。さらにカポエイラの歌はたんなるBGMではありません。そのときの状況に応じた歌い手(多くの場合メストリかそのホーダの中のベテランカポエイリスタ)のメッセージが込められていることがあります。プレイヤーはそれを理解して、ジョーゴに反映させることが求められます。ここでもボーッと聞き流していると、メッセージを受け取りそびれてしまうでしょう。ですからカポエイリスタは、音楽を聴きながらジョーゴをすると同時に、ジョーゴをしながら音楽を聞くことにも同じ程度の比重で注意を払う必要があるのです。

ホーダを指揮するメストリの役割はさらに複雑です。ゲームの状況、ホーダの状況に応じて適切な歌をリードします。ジョーゴが荒れ模様のときはシャマーダ(ビリンバウの特定のリズム)でプレイヤーを仲裁することもあります。歌をリードしながら、バテリア全体の調和に気を配ります。ホーダを取り囲んでいる人たちの振る舞いやコーラスにも注意を払います。さらにはホーダの外の状況変化、警察の取り締まり、酔っ払いのカラミ、ライバル・カポエイリスタの接近などにも注意を怠りません。いずれもあることをしながら、同時に他のことにも気を配る高度な「ながら力」が求められます。

刻々と移り変わる複数の情報ソースを瞬時に処理する「ながら力」は、練習により誰でも確実に向上させることができます。カポエイラでは、楽しみながら練習しているうちにいつのまにか「ながら力」が身についてしまいます。

カポエイラをすると『ながら力』がつくよ!これまで意識していなかった方は、ぜひアピールポイントの一つにしてみてはいかがでしょうか。(つづく)

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