メストリ・ブラジリアのアカデミア(道場)に入門して最初に教えられたことは、O jogo de capoeira é pergunta e resposta(カポエイラのゲームは質問と返答だ)ということでした。
メストリ・ブラジリアは、カポエイラの攻防の駆け引きをおしゃべりにたとえて説明します。たとえば相手の蹴りは私に対する問いかけです。こう来たらどうする?という相手からの質問です。それに対して、下がってよけるか、伏せてよけるか、あるいはジンガ(カポエイラの基本ステップ)のなかで無効化するか、こちらにもいくつかの返答の仕方があります。こちらの返答はそのまま相手に対する質問になり、相手の返答がこちらへの再質問になり、というかたちでゲームは進行していきます。
返答の仕方にもいろいろありますね。誠実に対応することもあれば、あえてはぐらかすようなやり方をすることもあります。そのお互いの返答の仕方によってゲームの雰囲気が変わってきます。気心の知れたアミーゴとのジョーゴ(カポエイラのゲーム)から、初対面の人が名刺交換するようなジョーゴ、あこがれの先生とのドキドキ・ジョーゴ、武蔵と小次郎のような宿命のライバル対決、漫才さながらのコミカルなものまで、100人いれば100通りのジョーゴが存在します。これも私たちの会話に、あいさつから、対話、語らい、ディベート、議論、口論、無視まで、相手や状況によって様々な位相があるのに似ています。
カポエイラがコミュニケーション力の向上に役立つと思える理由の一つは、意図や機嫌の分からない相手を前に、「対話」を成立させようとする努力が求められる点にあります。意図というのは、相手がこのジョーゴに何を求めているかということです。練習してきたアクロバットを披露したいとウズウズしている相手は、往々にしてこちらの問いかけには耳を貸さず、自分の言いたいことだけを言うチャンスを狙っています。アグレッシブなジョーゴが好きな人は、目の前に現れるすべてのスキにつけこんで、とにかく相手を倒すことに執着します。逆に荒々しいことを極力避けたい人は、笑顔を振りまいて、円満、友好ムードを演出するでしょう。
「相手がどんなタイプのジョーゴを望んでいるのか、ホーダに入ったらまずそれを見抜け」というのもメストリ・ブラジリアの教えです。もちろん「どんなジョーゴをしたいですか」と言葉で聞くわけにもいかないので、実際に攻防をする中で感じ取っていくわけです。あれです、KY。すでに死語でしょうか。空気を読むというやつです。それが自分の意図と違っていたとしても、うまく折り合いをつけて、最後までジョーゴをしきる必要があります。その中で意思疎通とまではいかなくても、相手の術中に落ちずに自分が主導権を握れるよう工夫します。
雰囲気の違いをイメージするために、あえて乱暴に切ってしまいましょう。
たとえば華麗なアクロバットで観衆の喝さいを浴びたいと考えている人とは、なかなか絡みにくいということが起こります。相手にそもそもこちらの質問を尊重する気がなく、あらゆる余白で宙返りすることだけを狙っているのですから、こちらがあまりに慎重に立ち回れば、相手の引き立て役に終わることもしばしばです。少なくともカポエイラをよく知らない観衆には、相手のほうが上手だと思われてしまうでしょう。一般にコンテンポラニアと言われるスタイルの人とアンゴーラの人がジョーゴをするときに起きがちな状況です。ではどうするか?ひとつは相手が飛んでいる間、あるいは着地するタイミングを狙ってカウンターを合わせることができます。「鹿は跳ねるから撃たれるんだ」とはメストリ・プリーニオから聞いたような気がします。相手がそれをかわせないとしたら、アクロバットのタイミングがよくなかったということになりますし、こちらは相手がきちんと見えているということになりますし、それは観衆にも伝わります。
もちろん二人ともアクロバット系どうしの場合は万事解決です。そういう場合には、オレも邪魔しないからオマエも邪魔するなよ、との暗黙の了解があったりしますので、カウンターなどの心配をすることもなく、最も見栄えのするタイミングで気兼ねなくアクロバット合戦を披露することができます。もちろんこれは悪いことでも間違ったことでもありません。両者の意図が合致すれば、理屈抜きにハッピーなジョーゴができるということです。
ただ楽なことが困難なことより常に楽しいとも限りませんよね。やはり未知の相手とお互いの懐を探り合いながら対話を成立させるべく交渉する。それができた(と感じられた)ときにわいてくる充実感とか自信は、手の内を知った相手とストレス・フリーなジョーゴをするときの楽しさに勝るとも劣らないものがあります。気のおけない友人とのおしゃべりが楽しいのは言うまでもありませんが、なんとなく合わないなと思っていた人と思いがけず会話がはずんだり、難しいと思っていた相手を説得できたときの気分を思い出してみてください。それもまた別の喜びですよね!
ジョーゴ・ジ・デントロ(jogo de dentro)という言葉があります。本来はカポエイラのジョーゴの本質を表す言葉でしたが、今日ではさまざまなスタイルの変容を経て、とくにカポエイラ・アンゴーラの特徴を表す言葉になっています。デントロというのは、英語で言うインサイド(inside)で、内部とか内側という意味。つまりジョーゴ・ジ・デントロというと、相手の中へ中へ絡んでいくタイプのジョーゴを意味します。
私の個人的な考えでは、カポエイラの本質、醍醐味はこれです。ジョーゴ・ジ・デントロ。相手の中に入る。逃げない。相手の意図を読み、理解を試み、自分の主張もする。そこでの立ち回りを鍛えることが、日常生活の中でのコミュニケーション力の向上にも役立つと考えています。(つづく)
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