「なんじゃ、これ?なんだか楽しそうだけど、いったいどんなルールで二人が動いているのか分からない」。
これがカポエイラをはじめて見た人の一般的な感想でしょう。そのステップからして踊っているのかと思えば、ときどき空手のような蹴りや足払いも繰り出される。ケンカなのか。でも楽器を弾いている人もいるし、みんな歌を歌っていて楽しそうです。
ポルトガル語で「カポエイラをする」というときの「する」にあたる動詞が、jogar(ゲームをする)、 lutar(戦う)、 dançar(踊る) 、brincar(ふざける)、 pular(飛び跳ねる) 、vadiar(遊びふける)などと多様であるのも象徴的です。
ですから一般のブラジル人に「カポエイラとは何か」と質問しても、「格闘技だ」「いやダンスだ」「遊びじゃないの」と、これまたそれぞれの答えが返ってきます。ましてやカポエイリスタ(カポエイラをする人)に聞こうものなら、「人生そのもの」「魂の躍動」あるいは「子供たちの笑顔」などという詩的な表現まで飛び出して、質問した人をかえって混乱させることもあります。
カポエイラとは?
そもそもカポエイラとは、16世紀以来アフリカからブラジルへ奴隷として連れてこられた黒人たちが、主人の虐待から身を護るために、あるいは休み時間に仲間とふざけ会うために編み出した護身術/遊びだと謂われていわれています。ただ護身術の練習をカムフラージュするためにダンスのような形態になったのか、もともと遊びだったものが護身術としても用いられるようになったのかはよく分かっていません。
今日テレビなどで目にするカポエイラの多くは、スポーツ化の過程を経て格闘技的な側面が強調されたカポエイラ・ヘジオナウをベースにしています。「鉄拳3」などのゲームソフトや映画に登場するキャラクターもこのスタイルをイメージしたものです。これは派手な蹴り技やアクロバットから構成されていて、見るからに格闘技という感じがするので、外国人にも分かりやすいカポエイラだと言えるでしょう。
これに対して伝統的な要素を強調したスタイルにカポエイラ・アンゴラがあります。ヘジオナウに比べると数のうえでは少数派ですが、質の高い音楽性、微笑みながらパフォーマンスできる和やかな雰囲気が近年急速に見直されはじめています。女性の練習者の割合が高いのもこのスタイルの特徴だといえます。動きはどちらかというと地味に見えますが、そこには素人には理解しづらい奥深い駆け引きが隠されているのです。
「スタイルの違い」で詳しく整理するとして、ここではカポエイラとしての一般的な特徴を紹介しましょう。
音楽
他の格闘技などと比較してもっともユニークな点は、楽器の伴奏と歌を伴うという点。なかでも弓のような形をしたビリンバウはカポエイラのシンボルのような楽器。1メートル70センチくらいの棒に針金が一本張ってあり、それに音を共鳴させるためのヒョウタンがくくりつけられているだけというシンプルさ。このほかにもパンデイロ(日本でいうタンバリン)、アタバキ(縦長の太鼓)、アゴゴ、ヘコヘコといった楽器が使われる。
足技中心
技は足技がほとんどで、それらはジンガとよばれる基本ステップの中から繰り出される。手を使うのは防御の最終手段で、普通は体全体をさばいてよける。攻撃も防御も円運動を中心に構成されており、逆立ちや宙返りといったアクロバットも少なくない。
冷静さとリズム感
カポエイラの楽しさは、技のやりとりの中で相手のミスを誘い、スキをつき示していくところ。力の強弱はさほど問題にならない。筋肉もりもりの大男が、か弱い女性に手玉に取られるということが頻繁に起きる。カポエイラは「肉体を使ったチェス」だと喩えられることがあるが、それはまさに頭脳プレーなのだ。上達の秘訣は、冷静な判断力とリズム感といえよう。
間接打撃
カポエイラでは基本的に技を直接相手に当てることをしない。むしろ技を止められる(コントロールできている)ところがテクニックとして評価される。遊びの要素を多分に持っているため、顔の表情で相手をからかったり、巧みなフェイントで相手を攪乱する技術も大きな見どころ。
試合がない
したがってはっきり勝ち負けをつけることがない。スポーツ化された今日、ポイント制やノックダウン制のトーナメントを行うグループは存在するものの、伝統的にカポエイラには試合という形式がない。したがってホーダ(カポエイラをする円)では何回「負けて」も常にチャンスはなくならない。ここに男も女も子供も大人も一緒に楽しめる秘訣があるのだ。
うまい人とは?
それではどんな人が「うまい」と言われるのか。カポエイラで「負け」に近い状態というのは、例えば相手の攻撃・反撃を寸止めでもらったり、よけきれずに立ち往生したりする場合である。したがって「うまい人」の第一条件は、いかなる場合でも相手の技を喰わないということ。ベテラン者の動きはまるで蛇のようだ。じわじわと相手を追いつめながら、最後の一撃のタイミングを計っている。相手に攻撃をされても決して離れすぎず、ノラリとかわしながらむしろ相手の中に入り込んでいく。カポエイリスタのなかに蛇にちなんだあだ名を持つ人が多いのも象徴的である。
最近の残念な傾向
ところが最近は、体操選手や中国雑技団のような華麗なアクロバットを見せびらかす人ほど高い評価を得る傾向がある。そういう人は、相手が技を止めているのを、あたかも技が届いていないかのように無視をして、自分の動きを見せることだけに執着している。ブラジル、欧米でカポエイラが若者の間でブームを起こしていることが、これに拍車をかけている。アクロバットも相手との技のやりとりの中におかれて初めて意味を持つのであり、サーカスやダンスの世界で「すごい」「かっこいい」動きをそのままカポエイラに取り入れても、それは何の意味も待たないのだ。